実行委員長挨拶

阪神淡路大震災の発生当時、私は10歳でした。
神戸市北区に住んでおり、家は大きく揺れたものの、大きな被害はありませんでした。しかし、震災で神戸の風景は一変。ボロボロになった神戸のまちを、僕はいまだに忘れることができません。

阪神淡路大震災から16年後の2011年3月11日、東日本大震災が発生。
僕はNPO法人阪神淡路大震災1.17希望の灯り(通称HANDS)が募集していてたボランティア活動に参加し、その流れで2012年、「1.17のつどい」にも初めて参加することになりました。

震災で家族を亡くされた人、怪我をされた人、家が全壊し避難所・仮設住宅での生活を強いられた人、会社が倒産し職を失った人……。
震災に対し様々な想いを持った人たちが、あの日、あの時を思い出しながら東遊園地を訪れ、竹灯籠に灯りを灯し、祈りを捧げている。
あの日を思い出すような寒い早朝に多くの人が集まってくる様子を見ながら、いまだに震災の傷は癒えていないことを知りました。
そして何より驚いたのが、1.17のつどいは市民によって自主的に行われていることでした。

震災から年月が経ち、神戸市民の中でも、震災を知らない人の割合が半数を超えています。
震災20年が過ぎた後には、震災経験を伝える方々の高齢化もあり、多くの追悼行事が終了しました。

しかし、つどいで得たたくさんの人たちの顔を思い浮かべたとき、「つどいを終わらせる」という選択肢はどうしても思い浮かびませんでした。
各地で発生する大地震、災害、そして今後30年以内に80%の確率で発生すると言われている『南海トラフ地震』に備えるためにも、忘れてはならない、続けなければならない。
それは阪神淡路大震災を経験した皆さんの思いであると共に、当時のことを少しでも知っておきたいと考える、震災を知らない若い人たちの願いでもあると考えています。

ただし、震災から年月が経ち、つどいにも柔軟な対応が求められています。
灯籠で象る文字は毎年一般公募することを決め、震災経験をより多くの方々にも伝えていくため、つどい当日には東京の日比谷公園・代々木公園にサテライト会場を設置することにしました。
今後もきっと、少しずつつどいの在り方は変化していくと思います。

これからも、皆さんと共に、1.17のつどいを続けていきたいと考えております。
今年度もどうぞよろしくお願い致します。

阪神淡路大震災1.17のつどい実行委員会
委員長 藤本真一